CFOの宿命と最後の意思決定
「10年目に退任されますが、何が起こったのでしょうか?また、そこから学んだことはありましたか。」
詳しい事はここではお話しできませんが、ある大人の事情で当社は上場廃止の危機的状況に陥ってしまい、私が退任することで事態の収拾を図ることにしました。自分にとっては社会的な死と引き換えにはなりますが、これは古今東西、あらゆる組織のナンバー2の宿命だと思っています。この決断は私のベンチャー経営最後の意思決定となりました。
この件で私自身は、それまでの人生経験では得ることができなかった、非常に生々しい社会の現実と人間の本性というものを学ぶことができたと思います。例えば、組織力学とガバナンスの限界、ベンチャーCFOが抱える根源的リスク、極限状態で人や組織が取る生存行動、目に見えるものが真実とは限らないこと、世の中には決して抵抗してはいけない存在がいること(笑)です。
それまでドラマやニュースの世界の出来事だと思っていた、極めてストレスフルな事象が自分の身に降りかかることになりましたが、この歳で人生観や世の中の見方を大きく見直すきっかけを得たことは幸運だったと思います。それに「死ぬこと以外かすり傷」と思えるレベルの鋼のメンタルを手に入れることができましたし、なぜか修羅場真っ最中の経営者からご相談を受けることも増えました(笑)。
独立後、米国NASDAQ上場を実現。そこで見た日米格差と危機感
「監査法人10年、事業会社10年、ちょうど10年サイクルで次のステップに進んでいますね。独立後も共同創業、エンジェル投資、経営コンサルティング、上場支援、M&A支援と、これまでの経験を総動員して活躍しています。その中で、特にCFO経験が生かされている仕事はなんでしょうか。」
言われてみると…確かに10年サイクルですね(笑)。でも正直、あの時退任を選択していなかったら、今も会社を辞めていたかわかりません。退任時には、盛大な送別会をサプライズしてもらった上、全役職員から想いの詰まった寄せ書きや会社慣習のアニメ風似顔絵を頂き、大変別れを惜しんでもらえましたので。
ただ、今思うと同一組織での10年は、自分の時間がチャレンジに投じる時間から、大量の仕事を効率的に捌く時間へと重点がシフトするタイミングだったのかもしれません。もしかしたら退任を選択していなくても、いずれ変化を求めたかもしれませんね。結果的に新しい環境に身を置き、NASDAQ上場という前例のない挑戦に出会ったことは必然だったのでしょう。
今は様々な経営課題の解決をお手伝いしています。お客様は上場企業もあれば、上場準備企業や中小企業もあります。会社の成長ステージや環境によって経営課題は多種多様ですので、資本政策、資金調達、上場準備、M&A、上場維持をはじめ、人材紹介やCFOの支援など幅広い課題が対象です。会社が直面する落とし穴は、どんな会社にもある程度共通して発生します。皆やっちゃいけないことを、ついやっちゃうんです(笑)。さらに経営課題は、多様な要因が複合的に重なって発生することがほとんどですので、俯瞰した上で問題に対処しないと、別の新たな問題を顕在化させるリスクもあります。
そこで私は未上場・上場企業を10年経営する中で、幾度となく対峙した修羅場で学んだ経験をフルに活かし、クライアント企業がリスクを回避できる事前策や被害を最小化する実践的な対処策を提供していますので、生かされているCFO経験は…全部ですね(笑)。
また、CEOは財務戦略を軽視しがちですが、私は成長戦略の実現可能性は財務戦略の裏付け次第だと考えています。いくら優れたビジョンやプロダクトがあっても、兵站力が乏しければ競争環境で勝ち続けることは困難だからです。そのため、CFO不在の会社ではCFO代行を、CFOがいる会社にはCFOの苦手分野をサポートさせて頂いています。

「川島さんは、東証とNASDAQ両方の上場セレモニーで鐘を鳴らした稀有な存在だと思います。NASDAQ上場のメリットとデメリットを教えてください。」
NASDAQやNYSE等の米国市場に上場するメリットは色々ありますが、やはり一番は世界最大級の資本市場から資金調達ができることですね。しかもデュアルクラス株式での上場が可能なので支配力を維持しながら、巨額資金を何度でも調達できる仕組みが強烈です!グローバルな競争環境では資金力がモノを言う時がありますので、NASDAQに上場することは兵站戦で優位に立てることが期待できます。それに上場の直前・直後でも資本政策やM&Aを機動的に実行できるので、上場審査のために成長戦略にブレーキをかけることなく走り抜けることができます。そして上場準備の観点では、上場審査プロセスがシンプルで遡及監査も対応しますので、短期間で上場できるといったメリットもあります。
一方で当然デメリットもあります。代表的なのは日本よりも上場準備・維持コストが高いことです!そのため投資対効果はしっかりと検討すべきでしょう。例えば、資金調達の必要性が乏しい会社にとってNASDAQは投資対効果が高い資本市場とは思えません。逆に、積極的な財務戦略が必要となる会社にとっては、NASDAQが適している可能性があります。実際、私はNASDAQ上場について色々な企業からご相談を頂いておりますが、成長戦略や資本政策のお話を伺って、お勧めしていないケースもあります。
また、上場準備の環境が日本とは大きく異なる点も要注意です。実が日本で主幹事証券が行うような、上場までのレールを引いて手取り足取り指導してくれる存在がいません。米国は上場スキーム等の柔軟性が高いがゆえに、企業側が主体的に上場戦略を立て、各利害関係者と交渉・調整しなくてはなりません。ここを見誤ると、上場の延期やコストの積み増しといった事態を招きます。特に資本政策の常識が日本と大きく異なりますので、米国仕様を意識して設計しておかないと、米国上場のメリットを活かしきれないリスクをはらんでいます。
「川島さんがNASDAQ上場支援をされている想いを聞かせてください。」
私がNASDAQ上場プロジェクトを推進する中で痛感したのは、世界のリスクマネーが米国に一極集中する現実です。世界の時価総額は米国市場で約50%が形成され、世界時価総額ランキングの上位は米国企業がほぼ独占しています。これは米国に集まるリスクマネーが、米国企業に有利なルールのもと優先的に供給されているからに他なりません。そして今も彼らは巨額の資金力を武器に、日本企業を含め世界中の優良企業を買収し続け、さらに自らの時価総額を高めているわけです!
私は成長戦略の実現には、事業戦略と財務戦略の両輪が機能することが必須だと考えています。しかし残念ながら日本では、財務戦略が十分に機能しているとは思えません。私はかつて日本経済にイノベーションが必要と思い、ベンチャー企業へ飛び込みました。しかし今、ベンチャー企業がプロダクトやサービスでイノベーションを起こしても、国内戦ならまだしもグローバル戦となると資金面で競争優位に立つことは難しいのではないかと考えています。
東証はもちろん、世界中の資本市場は改革を進めています。上場準備会社はその動向をウォッチしていく必要はありますが、市場改革の成果を待つ余裕のない企業もいるのではないでしょうか?私はそんな企業が米国上場を一つの選択肢として検討してもいいのでは?と考えています。今や伝統的なIPOだけではなく、昨今のNASDAQ上場ファーストペンギン組が切り開いた、新たな資金調達の道があるわけですから。
今やもう「失われた30年」。GDPは近い将来に世界5位へ転落する見通しで、ライバル達は依然強力です。もう今の延長線上には解がないのかもしれません。であれば、可能性があることは何でもやってみるしかないじゃないですか?米国市場から調達した巨額の資金力を背景に米国企業と対等に競い合い、日本発のグローバルリーダーカンパニーが誕生する。私はそんな企業の出現に貢献したいと思い、上場支援をさせて頂いています。そういった思いから今年、「日米上場実務の比較から見える米国NASDAQの可能性」といった論文を宝印刷出版の専門誌へ寄稿させて頂きました。