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株式会社トランザクション・メディア・ネットワークス/専務取締役 管理本部長 CFO 西脇 徹 氏

高い専門性とビジネスパーソンの自信。事業をドライブする起業家マインドを併せ持つCFOのキャリアとは?

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※インタビュアー/バリューアップパートナー株式会社 代表取締役 大塚 寿昭
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    満を持して事業会社へ転職

    「次のキャリアとして、事業会社、しかもバイアウト・ファンドの投資先を選択した理由をお聞かせください。」

    私は、監査法人→証券会社→投資ファンドと転職してきましたが、ハンズオンの経験を通じて、ビジネスの主は事業会社にあると感じるようになりました。キャリアの前半は、理論習得や側方支援でしたが、キャリアの後半では自ら実践するという立場、つまり事業会社で働きたいと思うようになったのです。
    しかしながら、いきなり未上場の事業会社に飛び込む勇気はなく、投資ファンドを通じての参画となりました。どんな会社か、どんな社長か分からない中で飛び込むことにはリスクがあります。しかし、投資ファンドが参画しているということは、一定のフィルターを通っているということであり、IPOの可能性もある程度高い会社だと推測されるので、安心感が得られると思いました。

    そんな中でジェイ・ウィル・パートナーズというファンドから、「IPOをわかる人を探している」というニーズを聞き、ハンズオンでIPOをしたいと思っていた私にぴったり合致する仕事内容でしたし、同ファンドには知人が複数いたこともあり、お受けすることにしたんです。ミッションはシンプルで、10年以上IPO準備している広島のアパレルOEMの会社であるマツオカコーポレーションをIPOさせること。少し変わっていたのは、ジェイ・ウィルがマツオカコーポレーションの株を持っていなかったことです。一般的には、ファンドが株を持っていて、IPOをさせてキャピタルゲインを得るというモデルですよね。そうではなくて、IPOの実績を作るべく、株はないけれどIPOをさせたいというニーズでした。

    あくまで社外取締役という社外のアドバイザーという立場から、社内のIPOチームの人たちにアドバイスをしてIPOに導く。もう1つ、株式がほしいのでジェイ・ウィルが株を持てるように動いてほしいということも指示されました。結果的には、社外アドバイザーの立場では社内を動かすのは限界があり、IPOへの進捗が芳しくなかったことから、2016年11月にマツオカコーポレーションに転籍し、IPO推進室長(当初は部下3人)に着任することになります。そして、私の転籍と同タイミングで、ジェイ・ウィルもマツオカコーポレーションの株式を保有できたので、ジェイ・ウィルに対しては、「要するに、僕は人身売買されたんですね。」と冗談言ったりしてましたが。(笑)

    「厳しい投資ファンドの視線の中で大成功を収めますが、成功要因は何でしょう。」

    IPOをしたことと、ジェイ・ウィルに株を持ってくることができたという意味で結果を出すことはできました。その成功要因は3つあると思います。
    1つ目は、24時間365日仕事に捧げようと決心して、働いたことです。ちょうど40歳で体力があったこと、子供が少し大きくなり子育てがひと段落したこと、キャリアの中でここが頑張り時だと感じていたことなどから、人生の中で、24時間365日仕事をする時があってもよいと思い、その覚悟で仕事をしました。実際に、会社から徒歩1分の場所に家を借り、土日・夜中もよく仕事をしていました。もちろん、それができたのは、見知らぬ土地に引っ越しまでしてくれた家族の支えが一番大きかったですが。

    2つ目は、投資ファンドのサポートを最大限に得られたこと。ジェイ・ウィルからは、マツオカコーポレーションに足りない人材(経理部長、開示担当、社外役員等)の採用のサポート、松岡(典之)社長への耳の痛いメッセージ伝達などについて、協力してもらったので、大変助かりました。その一方で、最低限のレポートをしておけば、あまり細かいことはいわれずに、ほとんど任せてもらえたので、とてもやりやすかったです。

    3つ目は、成功の対価としてのお金を考えなかったことかなと思っています。当時の自分はIPOの仕事について「実績を作る」ことを第一に考えていたので、株式やストックオプションなどの対価は求めず、「実績=報酬」と考え、実績があれば次の仕事に繋げられると思っていたので、「割に合う」とか「割に合わない」とかを考えず、IPOに向けて、無欲で純粋に仕事に取り込むことができました。地方に行ったり、長時間労働で、よく考えると割に合わなかったのでしょうが、なぜか幸せでしたね。最近は、どうしてもいろんな計算をしてしまいがちなので、この「無欲で取り組む」という姿勢は、時折立ち返るべき場所かなと思っています。

    IPOを実現するためのスキル

    「IPOを目指した期間を振り返り、必要なスキル(ハードスキルとソフトスキル)とは何でしょうか。」

    ハードスキルとしては専門性です。私の場合、会計+IPO+経営という3つが幸運にも備わっていたと思います。監査法人、証券会社、投資ファンドという3つの職場での集大成となりました。マツオカコーポレーションは、IPOに向けて、連結決算ができない、予算が作れない、子会社管理ができていない、内部監査機能がないなど、コーポレート系の整備が課題だったので、私のスキルとマッチしていました。例えば、「利益が出ていないので売上を伸ばさないといけない」という課題を抱えた会社の場合にはスキルとマッチしなかったと思います。

    ソフトスキルとしては、やはり人間性になるかと思います。マツオカコーポレーションでは、メンバーから「仲間」と思ってもらえるような姿勢を意識しました。地方の人は、特に人同士のつながりを大切にします。社員の一部からは「東京からハゲタカファンドが来た」と強く警戒されていましたし、私自身も広島県福山市という初めての土地で、知り合いが誰一人いない状況からのスタートでした。そこで、これまで避けていたゴルフを始めたり、毎朝従業員と一緒に作業着を着てラジオ体操に参加したりするようにしました。また、既存のIPOチームの人たちからは警戒されていたのですが、営業部門や生産部門のメンバーとは、飲み会・ゴルフ・カラオケなどを通じて、よく遊んでいました。次第に、お互いの信頼関係を作っていくことができ、いい仕事につながっていきました。友人もたくさんできましたので、仕事の関係が終わっても、今でも年1~2回は広島に遊びに行っています。

    「反対に、反省点はありますか?」

    ジェイ・ウィルからも「社長の懐に飛び込むように」という指示を受けていたので、夜や土日も含めて、社長と長い時間一緒にいました。社長は、オーナーとしてのこれまでの苦労話や経営の考え方などを話してくださり、普通の会計士では聞けない話をたくさん聞けて、大変勉強になりました。一方で、社長がすべてに優先されたので、いつ呼び出されてもいいように、プライベートな予定を全く入れられない、家族を顧みる時間がほとんどないなど、ストレスがたまっていたことも事実です。振り返ると、社長からの誘いもたまには断ったり、プライベートをもう少し確保したりするなどして、一定の距離感を保つことは必要だったかもしれません。
    あとは、IPOをすることがミッションだったので、Post IPOについてはあまりイメージしていませんでした。IPOをした後、落ち着いたらまたジェイ・ウィルに戻る話になっていました。しかし、実際には、松岡社長からの誘いで、副社長にまでしてもらい、ジェイ・ウィルには戻らないことになり、頭の整理をする時間がなかったことは反省点かもしれません。

    株式会社トランザクション・メディア・ネットワークス
    専務取締役 管理本部長 CFO 西脇 徹 氏
    職歴: 2000年10月 中央青山監査法人大阪事務所 2004年7月 財務省出向 大臣官房文書課政策評価室企画係長 2007年8月 野村證券株式会社 引受審査部課長代理 2012年10月 株式会社産業革新機構 ポートフォリオ管理室VP 2015年12月 株式会社ジェイ・ウィル・アドバンス ディレクター(㈱マツオカコーポレーション出向) 2016年11月 株式会社マツオカコーポレーション IPO推進室室長 2017年6月 同社常務取締役IPO推進室室長 2018年6月 同社取締役副社長CSO 2019年6月 同社代表取締役副社長CSO 2020年3月 株式会社WOLVES Hand取締役CFO 2022年2月 株式会社トランザクション・メディア・ネットワークス       常務取締役管理本部長CFO 2023年6月 同社専務取締役管理本部長CFO(現任) 資格: 2004年3月 公認会計士登録 2007年3月 米国公認会計士登録(ニューハンプシャー州)