COLUMNコラム

それからのCFO
検索キーワード
ジャフコグループ株式会社/社外取締役/監査等委員 田村 茂 氏

銀行での海外勤務やMBA取得を経てベンチャーへ挑戦。CFOから社長へと駆け上り、すべての経験がつながった社外取締役の現在

2/4 ページ

※インタビュアー/バリューアップパートナー株式会社 代表取締役 大塚 寿昭
INDEX

    金融の最先端を見た、2年間のイギリス赴任

    「MBAから戻り、どんな仕事をされましたか。」

    1996年にMBA取得後、ロンドン赴任となりました。当時は円高の影響もあり、横浜銀行はイギリスで経営が傾いていた老舗マーチャントバンク「ギネスマーン社」を買収していました。私が「ニューヨークかロンドンで仕事がしたい」と希望を出したところ、横浜銀行ロンドン支店ではなく、買収先であるギネスマーン社に派遣されました。
    マーチャントバンクとは、イギリスの伝統的な投資銀行のような存在で、株式の引受業務やベンチャー投資、さらには映画ファイナンスまで、幅広い金融業務を手がけていました。今から30年も前のことですが、ギネスマーン社の業務内容は、まさにジャフコが今やっている、VCやPE、IP投資に近いものでした。ちなみに、あの「機関車トーマス」を日本に紹介したのもギネスマーン社です。

    私は、ギネスマーン社の子会社数社の社外取締役のような立場で、最初の1年間は日本とのビジネスの橋渡し役や、過大なリスクを取らないように監視するお目付け役を担っていました。ただ、ロンドン生活はとても楽しかったのですが、仕事面では“監視”だけに満足せず、もっと積極的に現地経営陣の懐に入り込み、最先端の金融ビジネスを習得すべきだったと後悔しています。そうしていれば、日本に戻ってVCやPEファンド、IPビジネスの先駆者になれていたはずです。
    残念ながら、日本のバブル崩壊の影響を受けて、横浜銀行もギネスマーン社を保有し続けることが難しくなり、私は赴任後半の1年間を“売却担当”として過ごすことになります。売却交渉は極秘で進めなければならず、ギネスマーン社内に悟られないよう、まるでスパイのように動きました。最終的には、南アフリカの金融機関への売却が決まり、その任務を終えました。当初は4~5年を予定していましたが、わずか2年で帰国です。駐在中に結婚もしていたので、もう少しロンドン生活を楽しみたかったですね。

    日本の仕事が退屈に……サンディエゴへ赴任

    「ロンドンから日本に戻ってからも、海外の会社に出向していますよね。そこではどのようなポジションで、どういった経験を積みましたか。」

    帰国後は、横浜銀行本店勤務になりました。ただ、その職場環境には、少々がっかりしました。些細なことですが、たまたまCitibankとやり取りすることがあり、私が「スィティーバンク」と言ったら、部署内で「海外帰りぶってスィティーだってさ」と後輩に陰口を叩かれ、「これはちょっと辛いな」と感じたものです。
    もちろん、社費で留学させてもらった手前、すぐに辞めるつもりはありませんでしたが、やはりモチベーションは上がらず、それは人事にも伝わっていて、「ある融資先が海外に現地法人を設立しようとしているが、出向してみないか」と声を掛けてもらいました。

    当時、横浜銀行は日産をはじめとした自動車関連企業との取引が多かったため、「イリノイ州やケンタッキー州で大手部品メーカーの駐在員だろうか? それならここにいるよりはましかも」と思い、すぐに手を挙げました。実際の出向先は、ソニーやNECなどにブラウン管モニター製造設備を納めていた神奈川県内の中小企業でした。その会社がカリフォルニア州サンディエゴに現地法人を立ち上げ、メキシコの保税加工制度「マキラドーラ」地区への設備供給を本格化させるというものでした。その現地法人の立ち上げと、同伴スタッフのマネジメントを任されました。これは私にとって嬉しい誤算でした。というのも、サンディエゴはスペイン語話者が多くいて、スペイン語専攻だった私と妻にとっては、まさに理想的な土地柄。上司もいない環境で、自由にのびのびと仕事が出来て、何よりサンディエゴはゴルフ天国。仕事も私生活も、バランス良く楽しめた1年半でした。

    銀行を退職し、ベンチャーへ挑戦

    「帰国後、15年勤務した銀行を退職します。退職理由をお聞かせください。」

    日本に戻ってみると、すでにバブルは弾けており、銀行内には私がやりたい仕事は残っていませんでした。その頃、40歳以上を対象に希望退職者を募っていたのですが、私はあと2年足りませんでした。とはいえ、それまで経験してきた海外業務や投資関連とは全く異なる、“支店業務”をやる気にはなれず、転職を決意しました。

    「その後、ベンチャーに飛び込みます。その理由お聞かせください。」

    銀行を退職後、上場準備中のインターネットベンチャー「メンバーズ」に転職しました。外資の金融機関も少し考えましたが、そこはそこで厳しい世界だったので、MBAも取得し海外勤務経験もある自分なら、ベンチャー企業への転職は簡単だろうと高をくくっていました。実際には、ほとんどのベンチャー企業に相手にされず、メンバーズだけが上場後の取締役管理部長候補として、銀行時代と同水準の給与で採用してくれました。
    とはいえ、直前まで海外にいたこともあり、メンバーズがどんな会社かはよく知りませんでした。自分はインターネットビジネスにも明るいとは言えず、ただ、当時有名だったテレビ朝日「サンデープロジェクト」(田原総一朗氏司会)の特集で取り上げられていたのを偶然テレビで観ていて、「それなりの会社だろう」と安易に決めたというのが正直なところです。

    実は同時に、ユニクロ(当時は今ほどの知名度はありませんでした)の「海外担当幹部募集」の求人新聞広告に応募していました。面接に呼ばれ、「ロンドン出店の責任者として行ってほしい。すぐに社長(柳井正さん)に会ってもらいたい」とまで言われてその気になっていました。仕事はともかく、再度のロンドン勤務は非常に魅力的でしたから。でも、その後1か月近く全く連絡がなく、メンバーズに行くことを決めました。
    ところが、メンバーズ入社直前になって、「明日、副社長(澤田貴司さん)に会ってほしい」と突然夜遅くユニクロから電話がありました。しかし、転職前に実家に帰省するため翌日の飛行機を予約しており、キャンセルするのは勿体なかったので、あっさりお断りしました。ユニクロはその後、最初のロンドン進出が上手くいかず、(後に社長になる)玉塚元一さんが立て直しをされています。私がロンドンに赴任していたとしても、ロンドン進出は上手くいかなかったでしょうが、運がよければストックオプションをもらって、ある程度の資産を築けていたかもしれません。ただ、あれだけ優秀な人材がいるユニクロで、果たして自分が頭角を現せていたかどうか…。

    ベンチャーでの苦しい経験

    「ベンチャーは銀行とは真逆の世界だったのではないでしょうか。具体的にどのような問題にぶつかりましたか。」

    メンバーズに入社して最初に感じたのは、「銀行とはまったく別世界だ」ということでした。銀行では決して模範的な行員ではなかった私でも、このギャップは衝撃的でした。銀行の仕事は、組織的に整備され、慎重に計画を立てて動く世界。一方、ベンチャーはスピード優先で、リスクも大きく、判断も早い。まさに“真逆の世界”でした。当時のインターネットベンチャーの人材は、若くて暴れん坊で、動物園みたいな環境でした。
    運が悪いことに、入社直後にネットバブルや“光通信バブル”が弾けました。VCからの資金調達も厳しくなり、一旦上場も諦めて、管理部門の責任者としてリストラを進めなければならず、物理的、精神的にも疲弊しました。でも、先は見えませんでしたが、急激な環境変化の中で、責任を果たそうと必死に頑張りました。

    とはいえ、思わぬ“ご縁”にも恵まれました。メンバーズの大株主は、光通信とジャフコだったのですが、メンバーズを担当していたジャフコの担当者が、豊貴伸一さん(現ジャフコ会長)でした。私と豊貴さんは同い年だったこともあり意気投合し、メンバーズ退職後も連絡を取り合う関係が続きました。私の今があるのは、メンバーズでの経験、出会いのお陰だと思っています。
    その後、エージェントの紹介で、上場準備中のアプリックスという技術系ベンチャーに転職します。技術力には定評があったものの、ここも資金繰りが厳しく、またリストラという状況でした。そこで、豊貴さんに相談したところ、「出資を検討してもいい」と言ってくれたのです。ジャフコが出資するという話が呼び水となって、結果的には約20億円の資金調達に成功しました。そして2003年12月、アプリックスは無事に上場。ジャフコの投資はわずか1年余りで10倍以上となり、キャピタルゲインの絶対額やIRR的にも、最も成功した案件の一つとなりました。

    ジャフコグループ株式会社
    社外取締役/監査等委員 田村 茂 氏
    1985年4月 ㈱横浜銀行入行 2000年6月 ㈱メンバーズ入社 経営管理部長兼公開準備室長 2000年8月 同社 管理担当取締役(CFO) 2002年9月 ㈱アプリックス入社 経営管理本部長(CFO) 2003年6月 オリックス㈱入社 投資銀行本部プリンシパルインベストメント バイスプレジデント 2005年8月 医療産業㈱(現 ㈱MICメディカル)入社 上席執行役員社長室長 2006年8月 同社 取締役副社長 2010年6月 同社 代表取締役社長 2014年10月 同社 取締役会長 2015年5月 ㈱メディアドゥ 社外監査役 2015年6月 燦ホールディングス㈱ 社外監査役 2017年6月 ジャフコ グループ㈱ 社外取締役/監査等委員(現任) 2018年11月 ㈱コーチ・エイ社外取締役 2024年5月 ㈱UMITO社外取締役(現任) 2024年7月 ㈱レイヤード社外取締役/監査等委員(現任)