錚々たるメンバーの取締役からのアドバイス
「取締投資部長の翌年に、社長に就任されました。NVCCの取締役メンバーは第一線で活躍している方ばかりです。その会社での社長としての任は気苦労が絶えなかったのではないでしょうか。」
2009年に代表取締役に就任しました。
それまで経済同友会から重鎮の方が就任してきましたが、経営はうまくいきませんでした。そんな中、リーマン・ショックにより会社が存亡の危機になってしまいます。経営諮問委員の方達は、「どうせダメなら、社外から状況をわかっていない人を連れてくるのではなく、社内で一番わかっている若手に社長をさせてみよう。それで立ち行かなかったら諦めがつくだろう」という思いだったのではないでしょうか。北海道日本ハムファイターズの新庄(剛志)監督のようなイメージですよね。会社の状況が好調だったら、あのタイミングで私が社長になることはなかったと思います。もし社長になることがあったとしても、かなり後だったでしょう。
就任するにあたり、社外役員の方たちに「こういう状況で私が社長を務めることになりましたので、よろしくお願いします」と言って回りました。
ウシオ電機の牛尾治朗さんは、アメリカのVCをよくご存知で、アメリカのVCであるアクセル・パートナーズ(現:アクセル)のノウハウを当社に取り入れてくださいました。業界に詳しい方でしたので、「これまでの失敗はこういう理由だ。VCには取って良いリスクと取ってはいけないリスクがある。具体的には、財務やガバナンス、株価のリスクは絶対に取るな。逆に、開発やセールスなど事業をうまく回すためのリスクは取れ」とおっしゃっていました。
セコムの飯田亮さんは、「あなたは常勤で取締役をやっていたのに、この状況で社長を引き受けるのは、よほどの大バカ者か自信家のどっちかだな」とおっしゃいました。私が「大バカ者にならないように頑張ります」と答えると、「自信はあるのか」と聞かれました。ちょうど松坂大輔がイチローから三振を奪い、「自信が確信に変わりました」という名言を残した頃だったので、私も「自信だけでなく確信もあります」と答えると、「それならやってみろ」とおっしゃいました。
オリックスの宮内義彦さんからは、「おそらく君が今から入るバッターボックスにそんな甘い球は来ないだろう。だから、三球全力で振ってこい。空振り三振よりも見逃し三振の方が、ものすごく後悔するから」とおっしゃっていました。オリックスもリーマン・ショックで相当大変だったので、ご自身にも言い聞かせていたのかもしれません。
社外役員の方々は、私が代表取締役に就任してから「会社が良くなった」とお話しされていたそうです。鬼籍に入られている方もいるので、生前のお話が聞けてありがたいです。
印象に残っている取締役会でのエピソード
「錚々たるメンバーの中で、取締役会をされていました。議長として皆さんをまとめる中で、どのようなことを感じていましたか。」
私が平社員として社外役員の会社に入社していたら、直接会うことや言葉を交わすこともできないような方ばかりでしたので、緊張感もありましたが、非常に幸福な経験でした。
取締役会は3ヶ月に1回でしたが、事前説明などをしていたので社外役員の方とは頻繁にお会いしていました。まとめるということは意識せずに、自分の言いたいことを主張しました。失敗したら謝りますし、理不尽な場合は反論する。
私以前の社長は、個別の案件について説明していませんでしたが、私は全案件について説明するようにしました。特に、投資額が大きい案件は事前に説明して回りました。社外役員の方からすると、案件ごとの具体的な状況がわかり、会社を身近に感じ、組織の中がよく見えるようになったようです。
「印象に残っているエピソードはありますか。」
最初の取締役会でQBハウスについて議論したことは印象に残っています。当時、大きな勝負に出ようとしていた案件でした。QBハウスは10分でリーズナブルにヘアカットができるカット専門店です。住友電工の川上哲郎さんが、「髪の毛を洗って乾かすだけでも10 〜15分はかかるだろう。そんな時間で髪の毛を切ることができるのか」とおっしゃったので、「髪の毛は洗わず掃除機で吸うのです」と説明しました。すると、日本電産の永守重信さんが、「あなたはここでカットしたのか? カットしたことがないなら信用できない」とおっしゃいました。私はずっとQBハウスでカットしていたので「これが1000円でカットした頭です。1000円の価値があると思いませんか」と答えました。「それが1000円ですか。立派なものや」と納得していただけました。現在は1400円に値上がりしていますが、当時の1000円カットは衝撃的でした。
リーマン・ショックもご経験されていますがどうでしたか?
リーマン・ショックで僕らがラッキーだったのは、リーマン・ショックが起きたときに運営していたファンドのうち何本かはファンドを設立してから日が浅く、まだ資金をあまり使っていなかったので、弾がいっぱい残っていたということです。そのおかげで復活することができ、いくつかのファンドはほぼ無傷で残りました。日本全体で「数百年に一度の経営危機」と騒がれていましたが、あの時に他社と同じように投資を止めていたら、今のNVCCはなかったと思います。運良く生き残ったとしても、規模を縮小してしか存続できていなかったでしょう。

社長になっても投資し続ける
「取締役投資部長、代表取締役社長就任と、一般的には現場から遠ざかっていく中で、毎年のように弊社にCFO求人についてご依頼いただいていました。それは奥原様が投資先と近い関係を保っていたことの証明ですが、経営をしながら現場の仕事もしていたのでしょうか。」
代表取締役になっても投資先との関係性は持ち続けています。自分で見つけた案件を会議に上げて、通ったら自分で担当する。現場の担当者と変わりません。以前、産業革新機構からファンド資金を受けるときに、ガバナンスが効いているかをチェックさせてほしいという申し出があり、担当者ごとの案件の通過率を計算しました。すると、私の案件の通過率が一番低いことが明らかになりました。極端に私の案件だけが通過していたら、「ガバナンスが効いていない」ということになってしまうので、結果的には良かったのですが複雑な心境でした。「みんな、判断が厳しいな」と思いながら、自分の案件を会議にあげています。
「現場での仕事が好きなのでしょうか。」
好きということもありますし、最初に牛尾さんが持ってきたアクセル・パートナーズのやり方でもあります。向こうのパートナーは、自分でお金も集めるし、自分で投資もします。私も投資の決済をしなくてはいけないので、感覚を鈍らせないためにも、他のメンバーと同じように苦労したり、痛い目にあったりしておく必要があると思います。
名大・京大・阪大と組んだファンド運営
「大学と組んでファンドの運用もしていますが、その目的を教えてください。また、その成果はいかがですか。」
大学発のベンチャー企業の創出・育成と産学連携の推進によって、日本経済の活性化に寄与することを目的として大学と組んでファンドの運用をしています。大学からはお金をもらわずに、僕らが大学の名前を使ってお金を集めています。現在は、名古屋大学、京都大学、大阪大学と組んでいます。大学からお金をもらっていないので、純粋に善し悪しだけで投資を決められるというメリットがあります。そして、結果もきちんと出せています。
今後も、大学側からご提案いただけたらご一緒しても良いと思っていますが、今のところは生きているファンドのパフォーマンスをあげることに注力したいです。
