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元レノボ・ジャパン 取締役CFO、元日本ケロッグ合同会社 CFO/池側 千絵 氏

「楽しい」を原動力に仕事・子育て・学びを追いかけ続けてたどり着いた「自身の役割」

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※インタビュアー/バリューアップパートナー株式会社 代表取締役 大塚寿昭
INDEX

    原動力は「楽しい」

    「日本ケロッグ在籍中に中小企業診断士とMBAを取得されています。仕事、子育て、勉強とかなりハードであったと思いますが、それをやり遂げた原動力は何ですか、更にMBA卒業後、博士課程に進みます。なぜ博士課程に進もうと考えたのですか。」

    どれも楽しくやってきたということでしょうか。中小企業診断士は、NEC PCのCFOの方にお誘いいただいて一緒に専門学校に通いました。ちょうど下の子が中学受験をしているころだったので、わたしも勉強することにしたのです。中小企業診断士の勉強内容はMBAの内容に近い部分があるので、覚えた知識をそのまま利用して学位を取っておこうと思い、土曜日に慶應のExecutive MBAに通うことにしたのです。楽しかったですよ。その頃一緒に学んだメンバーとはまだお付き合いがありますし、一緒に仕事をすることもあります。私が20代のころは、会社を辞めてアメリカにMBAを取りに行く人がいましたが、私は仕事が順調で中断できませんでした。P&Gでは神戸大学のMBAに通う同僚がたくさんいましたが、わたしは出産・育児の真っ最中で、それもできませんでした。会社の勧めでUSCPAはとっていたのですが、MBAをとるのはずいぶん後になってしまいました。

    Executive MBAで修士論文を書きたかったのですが、プログラムになかったので、実現しませんでした。そんな話を石橋善一郎さん(※)にしたら、ちょうど石橋さんがこれから大学で教えるために青山学院大学の会計大学院で管理会計を学び直されようとしていたのです。そこで、石橋さんに小倉昇先生をご紹介いただき、一緒に博士課程に入学しました。私の研究内容はFP&A(管理会計担当者)についての研究です。これについて論文を書いて学会で報告などしたところ、これまで管理会計の先生方があまり触れてこなかった領域なので、高い関心をもっていただきました。大学の先生方が興味を持って助言などをしてくださり、とても楽しい時間を過ごすことができました。博士論文を書籍として出版し、引き続き学会に参加しています。

    CFOの実務経験を活かして起業

    「起業したストラットコンサルティング株式会社では、どのようなサービスを提供しているのですか。」

    自社のホームページ(ストラットコンサルティング株式会社 http://strat.jp/)を作っていますので、そこに直接連絡をいただいた企業のFP&A組織設立・人材育成のアドバイザーをしています。コンサルティング会社の顧問もしており、そのコンサルティングチームが活動する際に、アドバイスをしたり、私の経験を盛り込んだりしています。全て私の実体験からのアドバイスなので、納得度が高いようで、真剣に聞き入れていただけています。他には、FP&Aについての研修を実施することもあります。企業の規模で分類すると、FP&Aは大企業が最も整っていません。経営企画が中期経営計画を取りまとめても、事業部門とのコミュニケーションが十分ではなく実行が難しいことがよくあります。

    単年度予算の進捗管理は経理部が行っていますが、予算策定に関わっていないので、事業部に予算と実績の乖離の理由を聞いて回らないといけない。一方、中堅企業は、会社の規模が大きくない分、経営企画があちこちの部署を走り回ってつなげています。ベンチャーも大企業よりずっと良い状態です。大企業の場合、事業部門で計数管理をしている人が何百人もいますので、その方たちにCFO部門に異動してもらい、FP&A組織を立ち上げ、人材育成を行います。彼らが会計とファイナンスのプロフェッショナルとして事業部門に入り込んで成果を出せるまで伴走します。

    女性がCFOを目指す意義

    「CFOを目指す女性へのメッセージをお聞かせください。」

    今の時代は、男性にしかできないことは、ほぼありません。女性活躍推進の流れもあるので、もしかしたら少しだけ女性の方が有利かもしれません。だからできる限り、その時流に乗るというのが良いと思います。「課長になりませんか」と言われたら「私なんか……」とは言わずに「はい」と引き受ける。自分から、「昇進できるものなら昇進したい」「お金をもっと稼ぎたい」と上司に言っておくとよいと思います。上司と部下は共同体でギブ&テイクです。自分が昇進したいのであれば、上司が自分を昇進させるための材料を自分で提供することが必要です。

    いつどこでどうローテーションをして、どんなプロジェクトに取り組むのかを一緒に考えていきます。部下が育って昇進すれば上司の評価になりますから。黙っていてもわからないので、上司とこまめにコミュニケーションをとることが重要です。「自分が何をしたいのか」「いつ子どもを産みたいのか」「今は動けないけれどチャンスが来たらあのポジションにつきたい」など、率直に話をすることも重要でしょう。あとは、なるべく早く管理職になって、自分のスケジュールを自分で決められるようになることをお勧めします。例えば、小学校の保護者会が14時からであれば、13時に会社を出て、14時から2時間出席して、家に16時に帰って続きの仕事をする。その時間を避けて会議を入れるといった都合もつけやすくなります。部下ともうまく連携して、できたものを送ってもらい、家で確認して、チャットで話しながら手直しをして、完成して提出するなど、どこにいても仕事はできます。

    ただ、男性の方のキャリアと比べると、「女性だから」思うようにいかないことも多いです。まずは私の場合、新卒で外資系企業に入ったのは日本の大企業に総合職で入れてもらえそうにもなかったからです。また、女性は自分で出産しないといけないので、仕事を休む必要があります。産前産後は出張に行けません。両親やシッターさんに頼ることはできても、基本的には子育ては自分で計画して自分でやってきました。そのために、若い時にMBAをとることはできず、後回しになりました。海外勤務の話もあったのですが、ちょうど出産時期と重なって断念しました。それでも、人生は長いので、いつかできる時がやってきます。私の周りの女性の中には、子育てが一段落して楽しく働いている人がたくさんいます。

    CEOとの関係性とCFOの仕事の魅力

    「長くCFO職を務めてきてCEOとの関係性をどのように考えますか。心掛けていることを教えてださい。」

    助け合いではないでしょうか。CFOとCEOという関係性だけでなく、上司も部下も同僚も、どんな仕事でも助け合いが全てです。

    「日本ではそういう考え方をあまりしないかもしれませんね。」

    それが不思議ですね。アメリカ人は助け合わないと誤解している人が多いので、それは大きく違うと言ってあげたいですね。

    「CFO職の魅力も教えてください。」

    経営者、事業責任者としての決断を自らしたいほどではないが、その決断を専門的に支援したいというタイプの方にCFOはよいのかと思います。私はそのタイプです。ただ、もちろん経営者を目指すステップとしてCFOをつとめる方もいるでしょう。CFOの業務の中心にはFP&Aがあります。FP&Aは、まだ自分が要職にいなくても早い段階から経営に関わっていけることが魅力です。入社2〜3年目でも事業部の経営会議に入ることができます。さらに、FP&Aを経験しておくと、そのままファイナンス職でキャリアを積むこともできますし、営業やマーケティングにチャレンジしたいと思ったら方向転換することもできます。

    私のファイナンスの同僚の中には、経営職に移って社長になっている人も多いです。FP&Aは全ての情報が揃わない中でも、ひとまず今ある情報で意思決定をする必要がある仕事です。ですから、期限に間に合わせて決算をしめて、正しい数字を完成することが好きという方には向いていないかもしれません。これは能力ではなく、向き・不向きの問題です。ただ、現在はCFOの業務はFP&Aが主流になりつつあり、経理部長的なCFOの仕事は減っていくと思います。そのことに気が付いた若者は、FP&Aを指向し始めています。

    CFOの経験は社外取締役や社外監査役にも生かされますか。また、それ以外にも生かされる職業はあると思いますか。

    もちろん生かされると思います。CFOは会計・ファイナンスのプロフェッショナルとして、経営チームの一員となります。最近では経営経験のある方を社外役員にするという流れが出てきましたので、是非CFOを社外役員候補にしていただきたいです。ただし、日本ではまだCFO経験者が社外取締役になることは一般的ではないのではないでしょうか。そもそも日本企業の中に管理本部長はいてもCFOはいないことも多いですからね。日本企業のCFOを「経営経験がある」とみなすかどうかわかりません。外資のCFO経験者であれば、経営経験があるとみなしていただきたいですが。まだまだこれからなのだと思います。

    「池側さんにとって、日本企業にFP&A組織を浸透させるビジネスはライフワークになるのでしょうか。」

    そうですね! いよいよFP&Aが知られてきたという感覚があるので、あと10年ほどは石橋さん(※)と一緒に力を入れてFP&Aを日本企業に浸透させていきたいです。若い人にもぜひチャレンジしてほしいと思います。私のところによく、「外資のFP&Aに転職したいです。そのためには何を勉強したらいいですか」といったご相談をいただきます。それに対して私は、「外資のFP&Aとして日本子会社では活躍の場が限定されます。本社で昇進することを目指していただきたいですが、日本人には容易ではありません。
    それよりは、日本企業でFP&Aになりましょうよ」と提案しています。日本企業においてもFP&Aのポジションが増えつつありますから、その後押しをしていきたいです。とはいえ、日本企業では未だFP&Aといいながら正確にはFP&Aの仕事ではないケースもありますので、その場合は、私に連絡をいただければ、きちんとFP&Aの仕事になるように支援します。
    私が提唱しているFP&Aの役割は次の3つです。

    ①企業の戦略を実行計画に落とし込む、
    ②業績管理を行い、目標を達成に導く、
    ③経営意思決定に貢献する。

    ②に対応する予算管理・経費管理の仕事をしている方は多いと思いますが、①の戦略から計画や予算を作るところに関わっている人は少ない状況です。③の重要な意思決定に参画している人も少ないです。そのような場に呼ばれていない、そのような仕事が自分の役割だと認識していない、やろうにもそのような知識もスキルもない、そのような追加の仕事をする時間も人もない、ということをよく聞きます。①②③を全部実行して企業価値向上に貢献するFP&Aの成果を出すところまで、お手伝いします。自分の役割として、そんなことを思っています。

    ※石橋善一郎 氏
     「それからのCFO」のコラムにも掲載中。
     職業人団体や会計大学院・経営大学院でCFOを目指すプロフェッショナルへの啓蒙及び教育活動をなさっている方。 

    元レノボ・ジャパン 取締役CFO、元日本ケロッグ合同会社 CFO
    池側 千絵 氏
    職歴: 1989年 Procter & Gamble(P&G)社の日本子会社の経営管理本部(Finance 部門) 入社 2006年 日本マクドナルド株式会社 フランチャイズ財務コンサルティング部長 2010年 レノボ・ジャパン株式会社 取締役CFO  2014年 日本ケロッグ合同会社 執行役員経営管理・財務本部長 CFO 2018年 合同会社西友(Walmart) 経営管理本部 コマーシャルファイナンスVP  2019年 ストラットコンサルティング株式会社設立 代表取締役に就任(現任) 2019年 株式会社明光ネットワークジャパン 取締役(社外)就任 2020年 株式会社ウィルグループ 取締役(社外)就任(現任) 2022年 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 非常勤講師(現任) 2023年 青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科 非常勤講師(現任) 学歴: 1989年 同志社大学文学部英文学科卒業 2018年 慶應大学大学院経営管理研究科 修了 修士(経営学) 2022年 青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科博士課程修了 博士(プロフェッショナル会計学) 著書: 「管理会計担当者の役割・知識・スキル: ビーンカウンターからFP&Aビジネスパートナーへの進化 (牧誠財団研究叢書 19)  」