事業CFOの仕事とサポート体制
「事業CFOの仕事で、どのような仕事をしていたのでしょうか。」
P&Gでは事業CFOと呼ばず、カテゴリーファイナンスマネージャーと呼んでいました。洗剤事業であれば、事業本部長の横に張り付いて、事業部門経営チームのメンバーとして、事業部のファイナンス、予算管理から財務分析・意思決定支援まですべてを担います。当時はFP&Aという言葉はありませんでしたが、取り組んでいたことは、まさにFP&Aですね。経理部はマニラに移っていたので、経理については、マニラと連絡を取って決算をしながら、ほとんどの経営会議にも出席していました。これは、現在の私のFP&Aアドバイザーとしての仕事にもつながる話なのですが、ファイナンス部門では、当時の私のように事業部に派遣されて仕事をしているメンバーに対して、上司が細かくサポートして育てることが非常に重要です。
私が、洗剤部門の事業CFOになった時は、まず前任者の優秀なオーストリア人の男性がとても丁寧にサポートしてくれました。また、隣のビューティーケア部門の事業CFOは、現在のアマゾンジャパンの社長になっているのですが、彼からは、「事業本部長からのいろいろな頼まれ事にどう対処するか」「部下のマネジメントはどうするか」といったことをたびたびランチをしながら教えてもらいました。さらに、判断が難しいM&A案件が発生した時は、フィリピン人の日本CFOが「どう? 大丈夫?」と聞きにきてくれました。その頃すでにグローバルビジネスユニット体制になっていて、ほかの先進国の洗剤事業のCFOとつながっていて、米国本社で集まって事業の状況をシェアしたり、さらなる発展や課題についてお互いに相談にのるような活動もありました。みんなが会社全体の成功に向けて助け合って努力する体制ができていました。
「事業部に送り込んだFP&Aの方を丁寧にサポートするのはP&Gの社風なのでしょうか。」
いえ、どの会社もそうだと思います。多くの方が、「アメリカの会社はジョブ型だから自分のことしかしない」と誤解していますが、そんなことはありません。自分が事業部門に送り込んだFP&Aの人が成功して、ビジネスを改善させることも自分のジョブに入っているので、ほったらかしにはしないのです。例えば、ファイナンス部門の上司は、私に対しても「どう?上手くいっている?」と聞いてくれますし、時々洗剤事業部のフロアに来て主要な人々と話して事業部門の状況を確認します。こういうことをしていかないと、FP&Aは成功しないので、本当にこまめに面倒を見るのです。
もちろん私も、私の部下をマーケティング部門、工場などにFP&Aとして送って、時々そこを訪問して事業部門の人たちと話し、こまめに状況を理解して部下が成功するように支援するようにしていました。日本企業では、経理部員を事業部に送ったらレポートラインが切れるため、その後の面倒が見ることができないことがあるようです。本社の経理部門の上司は事業部門のことがよくわからないので、様子を見に行ってアドバイスすることもできない。派遣された経理部員が、事業部で重宝されたらそのまま事業部の人になってしまうことすらあるようです。それは残念なことですね。事業CFOとなって数年で、妊娠・出産しました。事業CFOの仕事をもっと続けたかったのですが、初めての出産でもあるし、次の方に引き継いで、産休・育休をとりました。
ちょうどその頃、会社では税務部門の役割が大きく変わっていました。私は税理士ではないですが、予算管理や事業をわかっている人が必要ということで、税務部門の人から、「産後いつまで休んでもいいから復帰したら税務部門においで」と言っていただいたので、税務部門に異動し、日本と韓国の税務部長になりました。ちなみに、育休中には米国CPAの資格を取得しています。以前から仕事をしながら勉強はしていたのですが、アメリカに受験しにいく余裕がなかったので、「今がチャンス」だと思いました。12月に出産して、さすがに2月までは勉強ができず、2〜4月は子育てをしながら1日数時間勉強し、5月にアメリカで受験をして、合格しました。税務部門に行く前にCPAが取れてよかったです。実家に住んでいたので、家族や母の友達と交代で子育てをして乗り切りました。
「税務部門には何年いたのでしょうか。」
結局5年間いました。1人目の子どもの出産の1年半後に2人目の子どもを出産しています。その時は、部署を変わりたくなかったので、3か月で復帰しました。そこからは、2人の育児がスタートしたので、なかなか大変でした。ただ、税務部門が全社で連携していたので、アメリカの本社に何度も出張したり、事業部門ともやりとりしたりとやりがいのある時間でもありました。
「FP&Aと税務は全く違いますよね。どのように勉強をしたのでしょうか。」
最初の1〜2年は、前任者のインドの方がいてくれたので、その間は基礎を勉強させてもらいました。オランダに1ヶ月ほど国際税務を勉強しに行ったり、ニューヨークに1週間研修に行ったりととてもありがたい経験を積ませてもらいました。
「具体的にはどのような仕事をしていたのでしょうか。」
グローバルタックスプランニングです。例えば、「事業の性質に合わせてどのような法人をどの地域に置いてどのような機能を持たせるのか」「事業の必要性、従業員の業務内容や目的に合わせてどの国のどの法人で費用を認識するのか」といったことの計画を立てて実行する仕事でした。事業部門と連携して、事業部門が達成したい事業展開やM&Aなども税務面からサポートします。一方で、このような業務は欧米企業の本社で行われていることが多く、ほかの外資の日本支社ではポジションがなく、今後の長いキャリアを考えるとこの仕事を続けるのは難しいかなと思っていました。また、せっかく出産前に事業CFOを経験させてもらったので、また事業CFOの仕事に戻るか、他社で子会社CFOを目指すべきかと考えました。
外資系企業で評価されるには
「P&Gで順調に昇進なさいましたが、外資系企業で評価されることには、どのような大変さがありますか。評価されるためにはどのような努力・スキルが必要でしょうか。」
ジョブ型なので、基本的には、ファイナンス部門に入社するのであれば、大学か大学院で経営か会計の勉強をしているのは当然ですし、MBAかCPAの資格を持っているのが普通です。外国人の上司が来たら「アカウンタント(CPA)かMBAのどっち?」と聞かれる感じです。ただ、日本人は例外で仕方なく、法学部、工学部、文学部などの学生を採用し、1〜2年かけて、英語と多少の会計を学んでいきます。日本人だけ2年ほど遅れている感じですね。でも、日本人は優秀なので、追いつけます。私も入社当時少し簿記をかじっただけで何もできませんでしたので、仕事をしながら習得しました。育休中にCPA資格をとりましたしね。
「入社後もずっと学び続けるのですね。どんどん優秀な人が入ってくるから、社内での競争もありますよね。」
そうですね。部長職以上は、アジア全体で評価されるようになるので、日本人だけ特別扱いはされません。仕事をしながらキャッチアップしていかなくてはならないのです。特に重要だと感じるのはコミュニケーションです。当時の事業部に派遣されるファイナンス部のメンバーは、年度初めに、その事業部の売上利益目標を一緒に作って、そのどこに貢献し、どういった成果を出すかという個人の目標を明確にします。例えば、売上利益が上がることに貢献する、レポートを見やすくする、必要資料を早く作って事業部の役に立つ、他部門の方向けにファイナンスの研修をするというように、いろんな側面から複数の目標を立てるのです。自分の目標達成が滞っている場合は、上手く進むように上司に関連部署に話をしてもらいにいくこともあります。とても手厚いですね。
そして、期末の評価では、上司からだけでなく、事業部からもフィードバックをもらい、それらを総合して、「目標を達成できたのか」「パフォーマンスはどうだったか」を自分も上司も細かく文章にするのです。評価会議ではその資料をもとに、1、2、3、4というような査定をつけていきます。人数制限があるので、評価会議に出る上司は、部下の評価を他の同僚に合意してもらうために、エビデンスを用意し、上手にプレゼンする能力が必要です。例えば、「○○事業本部長は、すごく役に立っていてありがたい、おかげで○○が上がった、実現した、と言っていました」というようにエビデンスを集め、いかにその人が1をつけてもらうことに値する人なのかと熱弁します。
難しいのは4です。4がついた人は翌年にはいないことを意味する場合が多いので、みんな4をつけたがりません。3が多い中で、4に落とす人を議論して決める時は戦いですね。さらに、もっと厳しいことは、翌年は今年3だった人の中から4を出すことになるわけです。毎年、全体のレベルが上がっていくので、必然的に自分に成長がなければ落ちていきます。世界の人たちと日々戦いを繰り広げていかなくてはなりません。ただし、このような厳しい環境で仕事をしていると、P&Gを辞めても他社でしっかりやっていけるようになるので、いわゆる「勤めてよかった会社」です。
「アピールするという意味でのコミュニケーションも必要なのですね。」
昇進させたい部下がいれば、年初に査定会議で勝ち抜くための部下のプロジェクトを一緒に考えるところから始まります。部下を昇進させるにはどの材料が必要かを一緒に考えて、そのプロジェクトが上手くいくように根回しをして、毎月進捗を見ながら軌道に乗っていたら宣伝する。これが上司の重要な仕事です。評価会議で初めて部下の功績をアピールしても遅いのです。こうしたことを日本企業の方はあまりしないですよね。褒めないですしね。今、私がやっているコンサルティングでは、こういったコミュニケーションもサポートしています。