出産・子育てと仕事との両立
「P&G勤務中に結婚・出産・子育てを経験されています。どうやって仕事と子育てを両立されたのですか。」
私の場合は、時短勤務もしていませんし、ノートパソコンを持ち帰って家でも時間を見つけて仕事をしていました。ただ、そういうことができる環境は整備しました。私の実家に住んで、両親に子育ての協力をしてもらいました。車通勤にしていたことも、東京での子育てよりもラクな点ですね。2人目の子どもを出産した後は3ヶ月で仕事に復帰したので、保健室で搾乳して冷凍庫で冷凍し、持ち帰って家でも冷凍し、次の朝に保育所に娘と一緒に冷凍母乳を引き渡す。日本人でこれをやっている人はいませんでしたが、アメリカでは珍しいことではなかったようです。
また、保育所へのお迎えは両親に行ってもらうことが多かったのですが、私も早めに帰宅して子供に夕飯を食べさせて、21時には寝かせて、そこから仕事をすることもありました。アメリカの本社の人との電話会議が多く、夜家で仕事をするのが都合よかったのです。今は、おすすめはできない働き方かもしれませんが、このようにして労働時間を確保していました。P&Gの外国人の同僚は、柔軟に仕事をしていましたね。男性でも仕事中抜けて子どものお迎えにいく人もいましたし、家族で夕飯を食べるために早く帰る人は、朝早くから仕事をしていました。 そういう意味では、フレキシブルであることは大事ですよね。9時から18時までずっと会社にいて重要な会議に出られる人でないとダメだという条件であったら私も仕事を続けるのが難しかったと思います。
日本マクドナルド、レノボ・ジャパン、ケロッグでの経験
「P&Gを退職して日本マクドナルドに転職されています。どのようなポジションで、どのような仕事をされていたのでしょうか。」
もともといつかは東京に住もうと思っていたので、家族で東京に移りました。日本マクドナルドでは、人事本部長がP&G出身の方で、ご縁がありフランチャイズ部門の財務コンサルティング部長として入社しました。アメリカのマクドナルドは9割がフランチャイズです。それは、フランチャイズに任せるから質が高くリスクの少ないビジネスができるというビジネスモデルだからです。しかし、日本のマクドナルドは、当時は7割直営・3割フランチャイズ。そこで、フランチャイズ比率を7割に高めるという目標を掲げて動き始めたところでした。私の仕事は、ハンバーガーを売るのではなく、既存のフランチャイジーや新たなフランチャイジーに直営店を売る仕事でした。店の財務評価をして、値段を決めて、契約できるかどうかの審査をしたり、フランチャイジーが銀行からお金を借りるサポートをしたりしました。
数名の部下や営業の方と一緒に日本全国のフランチャイズオーナーを訪問して、話をするとても楽しい仕事でした。2年に1回、フロリダで開催されるフランチャイズの全世界大イベントにも参加しました。アメリカの本社を何度か訪問し、研修にも参加し、P&Gとは違うビジネスモデルの会社で、ファイナンス部門の役割の違いを学び、興味深い経験をしました。商品企画、製造、販売をすべて自社で担うP&Gでは、ファイナンス部門が財務分析をして経営・事業の意思決定を支援する場が多いです。一方、マクドナルドでは、フランチャイザーは商品開発やレストラン経営のノウハウを提供しますが、実務やそれに伴うリスクはフランチャイジーやサプライヤーが負います。そのバランスをうまくコントルールするビジネスモデルをよく理解するためには少し時間がかかりましたが、創業者の著書を読んだり、日本で長く勤務する人たちと話す時間をたくさん持ちました。
「レノボ・ジャパンでは、取締役CFOという重責で活躍されますが、どのような業務を担当したのでしょうか。」
レノボ・ジャパンでも、元P&Gの方が人事本部長をされていて、退職するCFOの後任を探されていたので、入社しました。私はもともと、子会社CFOを目指していたので、よい機会だったのです。「取締役」という肩書をつけていただけることも、将来日本社会で生きていくことを考えると魅力的でした。レノボ・ジャパンは、NECのパソコン子会社との合弁事業を始めたので、その合弁会社の経営管理と本社への報告を担当し、合弁の目的を達成するにあたり、さまざまな課題を解決していくという業務を担いました。 その当時、NEC PCのCFOの方と親しくなり、日本企業の文化や慣習について、例えば、なぜ課長になるために昇進試験があるのか、なぜ経理部と事業管理・計画部門が分かれているのかといったことを一通り教えていただきました。これも楽しかったですね。
「苦労したことはありましたか?」
NECPC側は経理部が事業に入り込んでおらず、経営管理を効率よく行うのが困難に見えたというのが正直なところです。事業部門では、経理や会計、財務分析を得意としていない人が予算管理をしていました。例えば、最初は利益率の高い新製品を作ろうとしていても、競合が安く売っていたり、原価が高くなっていったりして、発売のタイミングまできて、想定していた利益が出ないということが明るみになるという具合です。経理部が最初から事業部に入っていれば、対策を考えることができたり、その状況を早めに本社に伝えることができます。外資では、FP&Aが最初から事業部に入って、利益が出るように細かく管理していくのです。こうした問題に直面して、日本企業の課題のひとつがわかった気がしました。この時の経験が、現在の私の仕事の原動力になっています。実は近年では、NECでは、CFOの下に経営企画・事業管理部門を統合してFP&A組織を作る改革を行いました。海外企業の経営管理組織と日本企業との違いに気が付いた経営陣が、実行されたようです。
「次に、日本ケロッグ合同会社に転職されます。その理由と日本ケロッグでのCFOの役割についても教えてください。」
日本ケロッグではP&Gで一緒だった方が社長になり、CFOを探しているということでしたので、参画することになりました。ケロッグはP&Gよりは、ゆっくりした会社で、例えば、経理業務の効率化にしても、P&Gは2000年頃に行っていましたが、ケロッグでは2015年にようやく支払や記帳業務などをマニラに移そうとしていました。こうした背景から、元P&Gのメンバーを入れて業務の変革を図っていこうと考えていたようです。事業としては、日本ケロッグは、以前は日本の小さいシリアル市場で高いシェアを持って高い利益を得ていたのですが、競合の日本企業がシリアル事業に力を入れ始め、競争が激しくなり始めた頃でもありました。それにより、市場規模は3倍になりましたが、利益率が下がってしまいました。また、競合は箱からパウチの袋に変えており、こちらも変えることになりました。私は、そういった外圧にどう耐えるかを財務面から考えたり、日本で起こっている状況を理由も含めて本社に報告したりしていました。日本企業は何を目的にビジネスをしていて、なぜこんなに価格を下げて、利益率を高めようとしないのか、調べました。これも現在の仕事や研究につながっています。
「どのように対処したのでしょうか。」
実は、ケロッグも新製品を作るテクノロジーはあったのですが、それをやると既存商品が売れなくなるのではと躊躇した時期がありました。まさにイノベーションのジレンマですね。そこを乗り越え、商品やパッケージを大きく変えました。日本の食文化が大きく変わり、それを経営管理面から支えるやりがいのある仕事でした。
「その役割を遂行するために必要な経験やスキルとはどういったものでしょうか。」
社長は、非常に能力が高く決断力のある方ですので、CFOとしてはその決断を支援できるように予算管理や財務分析を行いました。「ここで投資が必要」となれば、その投資にはいくらかかって、いくらリターンが得られるのか、ということを財務分析でシミュレーションしていきます。米国企業には経営企画という部門がなく、CFO部門が経営企画として、いろんな部署からのインプットをまとめながら、本社が求める売上・利益などの目標が達成できるように5年分の利益計画を作っていきました。それと並行して、日々の経営活動にも深く関わります。例えばテレビで商品が紹介された時は、売れすぎて品薄になるので増産をかけたり、売れると予測したものが売れなかった時は生産を抑制したり商品を改良したりします。現場とかなり密接に関わっており、私が製販会議を運営して、営業と生産と対話をさせているような動きをしていました。CFO/FP&Aは会計・ファイナンスのプロフェッショナルですが、同時に事業をよく理解し、事業責任者・担当者とよいコミュニケーションをとって「人を動かす」必要のある仕事です。