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株式会社パワーエックス/執行役CFO 藤田 利之 氏

心に火が灯り挑戦したベンチャーのCFO 事業会社やFASでの知見が結実した成功への道

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株式会社パワーエックス
執行役CFO 藤田 利之 氏
1995年11月 株式会社ソニークリエイティブプロダクツ入社
1996年9月 監査法人トーマツ(有限責任監査法人トーマツ)入所
2000年9月 株式会社フレームワークス入社
2000年12月 同社取締役管理本部長
2005年4月 株式会社KPMG FAS入社
2009年4月 同社シニアマネージャー
2012年4月 株式会社レアジョブ入社
2012年6月 同社取締役
2015年6月 同社取締役副社長
2021年10月 株式会社パワーエックス入社
※インタビュアー/バリューアップパートナー株式会社 代表取締役 大塚寿昭
INDEX

    苦しかった事業会社での経験

    「公認会計士を目指したのはいつ頃からですか。それはなぜですか。」

    高校2年生の時です。私は、小さいころから父から「理系の大学に進学したほうがいい」「手に職をつけたほうがいい」と言われてきました。私自身も数学が好きだったので、理系に進もうと考えていたのですが、高校2年生で文理選択をする際に、理系でやりたいことが見出せず悩みました。そんな時に、書店で見つけた資格の本に、公認会計士について書かれていました。当時は勝手に「企業のドクター」のようなイメージを感じ、数学的な要素や経営的な要素があり、面白そうな仕事だと感じました。また、性格的に学校の先生や先輩との上下関係がそこまでうまくやれるタイプではなかったので、当時から大きな組織で出世していくサラリーマンは向いていないと思っていましたので、独立できる資格ということも魅力に思えました。父にも「理系には進まないけれど、資格取得をして手に職をつけたいと思っている」と話をし、会計士を目指すことにしたのです。

    その後、大学に進学し、大学2年生から勉強をスタートしました。最初はなかなか勉強に身が入らず、結局合格したのは卒業して2年目なので、受験勉強に4年半くらいかかり、資格の取得にはかなり苦労しました。
    当時は、大学入学時がまだバブルと呼ばれた好景気な社会で、世の中も大学も浮かれており、就職に苦労するという雰囲気ではありませんでした。しかし、大学3年生頃にバブルが崩壊し、社会が一変し、大学4年時には、友人が就職で苦労するのを見て、今から就職活動をしてもすでに難しいと感じました。私は、そこでやっと「会計士に受かるしかない」と覚悟を決めることができました。
    その後、やっと合格しますが、バブルは崩壊しており、合格者であっても半数が監査法人に就職ができないという年でもあり、今度は就職の苦労が始まりました。

    「それで、監査法人に入所せず事業会社に就職したのでしょうか。」

    景気悪化に伴い監査法人での採用人数がそもそも少なく、どこにも受かりませんでした。とにかく早く働いて稼ぎたいとの思いで、ソニー・ミュージックエンターテインメントに中途入社し、グループ人事の一環で、キャラクターグッズのライセンスビジネスや化粧品ビジネスを行っていた子会社のソニークリエイティブプロダクツという会社の経理に配属になりました。事業会社でサラリーマンになりたくない、と思って、会計士の勉強を始めたはずなのに、結局、最初は事業会社に就職するということになりました。

    やっと得た仕事ですが、社会人経験が全くないまま中途入社したので、そのあと地獄のように大変でした。会社の人からは、「会計士試験に受かったすごい人が入社してきた」と思われていたようですが、私は名刺の渡し方、電話の取り方も知りません。愚痴る同期もいません。期待に全く応えられず、会計士試験に合格したプライドは一気に崩れ、毎日遅くまで残業し、土日も出勤と地獄の日々を送ることになりました。

    「そこで経験されたピンチや苦労について教えてください。」

    新人なので、電話を取ったり、お茶を出したり、お弁当を買いに行ったり、請求書を封筒に入れたり、大量の伝票の仕訳をしたり、という仕事をしながらも、会計士2次試験合格者の期待として監査法人の対応をしたり、取締役会の資料を作ったりという業務も任されていました。しかし、会計士2次試験合格者とはいっても、仕事自体が初めてで、仕訳を切った実務経験もありませんし、取締役会の資料と言われてもイメージが湧きませんでした。しかも、ソニーの連結孫会社だったので連結決算のため、毎月の月次決算スケジュールはタイトで、キャパオーバーが続き、ミスを連発しました。自身の力不足も相まって上司ではなく、先輩や同僚からも怒られることも多々ありました。入社して半年で10kg痩せました。

    加えて、一般事業会社なので、監査法人と違って補習所に行くシステムもありませんでした。試験の日とディスカッションの日だけは、なんとか半日の有給を取って、ギリギリ単位を取りました。会計士2次試験に苦労して合格し、就職に苦労し、そして最初の職場でもかなり辛い日々が続きました。まだ、独立できる公認会計士になれるイメージもわかず、日々の仕事に追われる日々でした。

    営業から契約締結まで担当したトーマツでの経験

    「1年ほど勤めた後に、退職して、監査法人トーマツの静岡事務所に入所されています。それはなぜですか。」

    事業会社での1年間で疲れ果て、また、初心に戻って会計士としての監査の経験をし、独立を目指すために地元の静岡県に帰ろうと思ったからです。1年早く合格した大学時代の友人がトーマツの静岡事務所で働いていて、その友人から所長を紹介してもらい、即入社が決まりました。

    「静岡事務所ならではの得難い経験があったと思いますが、具体的にはどんな経験やスキルを習得することができたと思いますか。」

    当時のトーマツの静岡事務所は、出張所のような位置付けから事務所に格上げされてそれほど立っておらず、所長も40歳前半で若いメンバーの事務所でした。
    監査法人において、通常は、営業はパートナーしか担いませんが、静岡事務所では、事業規模の拡大のために営業研修があり、スタッフから営業マインドを植え付けられました。私が在籍した際には、スタッフからシニアスタッフに昇進するためには、クリアしなければならない営業ノルマがありました。当時、ちょうと東証マザーズやナスダックジャパンが設立され、IPOを目指す会社が増える傾向にありました。そこで、問い合わせがあった会社に対して、ショートレビューをして課題を抽出し、レポートを書いて、提案をして、コンサル契約あるいは監査契約を結んでといったように案件を獲得しました。

    ここで、前職での経理の実務経験が非常に活き、成長に向けた体制整備の案件を数件獲得でき、月に何回か訪問し、月次制度を整えたり、内部の仕組み作ったりしていきました。
    トーマツの静岡事務所は、約4年間と短い期間でしたが、地方事務所のおかげで、かかわる業種も幅広く、早期に現場のインチャージも経験でき、加えて、営業から監査やコンサルまで、様々ななことを経験させていただきました。今思えば、非常にいい経験だったと思いますが、当時はとにかく忙しかったことを覚えています。

    「監査法人というよりベンチャー企業のようなイメージですね。」

    監査法人の中では、伸び盛りの地方事務所で、かつ、顧客もベンチャー企業も多かったので、まさにベンチャー企業のような事務所でした。ただ、私自身は、入社当時は、ベンチャー企業のような環境で働きたいと思っていたわけでもなく、同期の合格者から1年遅れてトーマツに入社したので、懸命に業務に打ち込むことで早く、試験合格の同期に追いつきたい、との思いだけでがむしゃらにやっていただけでした。ただ、それがベンチャー企業の参画に繋がった部分もあるかもしれません。

    株式会社パワーエックス
    執行役CFO 藤田 利之 氏
    1995年11月 株式会社ソニークリエイティブプロダクツ入社 1996年9月 監査法人トーマツ(有限責任監査法人トーマツ)入所 2000年9月 株式会社フレームワークス入社 2000年12月 同社取締役管理本部長 2005年4月 株式会社KPMG FAS入社 2009年4月 同社シニアマネージャー 2012年4月 株式会社レアジョブ入社 2012年6月 同社取締役 2015年6月 同社取締役副社長 2021年10月 株式会社パワーエックス入社