「うちに来れば楽しい」の一言で事業会社CFOに
「42歳で事業会社のエランに転職します。東京を離れて単身長野での勤務となり、大きな決断をされたと思いますが、その理由を教えてください。」
ラルクでは、上場準備プロジェクトの中盤以降で、上手くいっていない、遅れていることをヘルプする仕事がほとんどでした。エランは、そのようなSOSではなく、上場準備プロジェクト立ち上げ時からサポートを託された珍しい支援先でした。元々の出会いは、同社に携わっていた監査法人のパートナーからの紹介です。エランの櫻井(英治)さん(元社長、現会長)は、「上場準備はまずは自力でやった方がよいという話も聞くが、上場準備で失敗している話をよく聞く、最初からしっかり導いてくれる家庭教師がほしい」とお考えでした。監査法人もIPO支援をしますが、資本政策などには踏み込めないので、私をご紹介くださったそうです。
そうしたご縁で、上場準備のプロジェクトを立ち上げからサポートすることになりました。先ほどの話と重複しますが、ラルクでは、上場時に自立してもらう前提でサポートしています。エランに対しても、私はあくまで裏方で、上場したら自走いただく前提でノウハウをお伝えし、入社する気持ちは全くありませんでした。しかし、エランの上場準備が進んで、上場することが視野に入ってきたあたりから私に経営メンバーとして参画してほしいという思いが強まったそうで、繰り返しお誘いいただきました。最初はお断りしていたのですが、転職することになりました。
「転職することにした理由を教えてください。」
ラルクの仕事は面白かったですし、順調だったので、転職する理由は何もありませんでした。1つあるとすれば、私自身がIPOの当事者にはなったことがなかった点にだけ引っかかりがありました。それまで、IPOのお仕事に本気で携わってきたので、それなりの知識・経験は持つことができている自負がありましたが、監査法人、証券会社、コンサルと全て周辺プレイヤーの立場でした。それでも、「当事者となるのは大変なので、そのままでもいいか」とも思っていたのです。そんなとき、櫻井さんが「うちに来れば楽しいよ、それだけは約束する」と言ってくださったのです。自信をもってそう言える価値観が素晴らしいと思い、転職を決意しました。理屈ではなくて勢いですね。櫻井さんは周囲からよく「どうやって渡邉さんを口説いたんですか」と聞かれるそうで、櫻井さんとは今でもよくこの入社時のやり取りの話になります。CFOの転職は、入社する前の情報がどうしても限られて実態はわからないケースが多いですよね。その点、私の場合は、すでに2年ほどのお付き合いがあり、社長のことや会社のことがかなり理解できていた状態で決断ができた点も良かったと思います。
エランに転職を決めた根拠を挙げるとすれば3点あります。
1つ目は、櫻井さんがメンバーとの関わり方やビジネスの組み立て方などにおいて徹底したWin-Winのマインドをもっている点など、とても信頼できる方であったこと。
2つ目は、エランの事業に対して、社会性、将来性、ストックビジネスとしての秀逸さを感じていたことです。「入院セット」というお年寄りやご家族の困りごとを解決するビジネスが高齢化社会にマッチし、社会性の面でも胸を張れると思いました。また、病院を開拓していけば、シンプルに積み重なっていくストックビジネスであるため、業績の失速が理由でIPOがストップするというリスクがないとも思いました。飛び込んだ後で上場できないという状況は避けたいので、必達できるかは見極めました。
3つ目は、櫻井さんが集めたメンバーについてよく知っていた点です。上場プロジェクトを通して関わってきたメンバーは、会社のコアメンバーですから、お互いに人となりが分かっていました。

自己資金で現物株を購入し、勝負をかける
「入社前に条件については話し合ったのでしょうか。」
人的ネットワークなど、IPOコンサルでそれまで積み上げてきたものを捨てる怖さがありましたし、大きな進路変更となるので、条件面についてもよく話し合いました。ストックオプションを付与すると言っていただきましたが、「それだけでは足りないです。自己資金を出すので現物株を買わせてください」とお願いしました。家を買ったりせずコツコツ貯めてきた2,000万円弱を投入しましたが、この決断がとてもよかったと思います。今でもエランの株をそれなりに持っていますが、この株のお陰でその後の人生が一気に変わりました。一方で、転職初年度の年収については、ラルクにいたときよりも下がりましたが、実績を出せば必ずアップすると言われたので、気にしませんでした。
「報酬が1円でも下がることを嫌がる方は多いですよね。」
それは、転職先の会社のタイプによると思います。大企業とか外資系に転職するのであれば入社後にジャンプアップしないので、入社時点でできるだけ高い給料、高いポジションを求めるのは正解だと思います。オーナー企業やスタートアップ企業の場合、大活躍をしたらポジションや報酬をダイナミックに上げていくということがキーマンとしっかり握れて、その話を信じられる会社であれば、報酬は最初は低くてもよいのではと思います。背伸びして高いポジションや高い報酬でスタートすると、それが自分にとって余計なストレスやプレッシャーにもなるので私は好みません。