ゼロからの会計士受験への挑戦
「高専卒業後、富士通に入社してエンジニアとしてのキャリアをスタートしていますが、その後、1回目のキャリアチェンジで公認会計士の勉強を始めます。これはなぜですか。」
正直にお答えすると、自分がエンジニアとしてまったく使い物にならなかったからです。典型的な大企業勤務のダメなサラリーマンでした。3年間で富士通を退職し、エンジニア職ではない仕事をしたいと思いましたが、世の中そんなに甘くありません。そこで、資格を取得してやり直そうと考えました。難関資格で、高専卒でも受験ができ、かつ興味が持てたのが公認会計士資格でした。書店で、資格の大辞典のような本を見つけ、そこに「難易度は高いが、給料もよくて会社の経営に物申すことができるすごい資格」といったことが書かれていて惹かれました。周囲に会計士はおらず、7科目中1科目も学んだことがない、本当にゼロからのスタートでしたが、チャレンジしてみようと思いました。
「受験勉強は辛くなかったですか?」
暗黒時代ですよね。最初の1年間は、毎日勉強しかしていませんでした。実は富士通に勤めている時から、妻と付き合っていて、受験勉強を始める時に妻の両親に「富士通を辞めて、公認会計士試験にチャレンジします。合格したらもう一度ご挨拶に来ます」と宣言していました。受からないといけない状態に追い込まれているので、1年で受かろうと本気で頑張りました。1年目は不合格で2年かけて合格しました。
「合格後は青山監査法人に入所されていますね。エンジニアから会計監査業務への戸惑いはありませんでしたか。監査法人では主にどのような仕事をしていましたか。」
私の場合、キャリアアップではなくて、ゼロからのやり直しでしたので、謙虚な気持ちで入っていくことができました。
また、エンジニア職の経験はたった3年でしたので、戸惑いも一切ありませんでした。
入社してすぐは、上場企業と外資系企業の財務諸表監査が多かったです。何年か経つと、監査に加えて、デューデリジェンス、上場支援、決算早期化プロジェクトなども担当するようになりました。
IPO審査を深く知るために証券会社の引受審査部に出向
「監査法人に在籍しながら野村證券の引受審査部に出向されますが、その理由を教えてください。また、引受審査部ではどのような仕事をしたのでしょうか。」
監査法人のイントラネット(社内掲示板)に、「野村證券に出向したい人を1名公募します」と掲載されていて、立候補しました。応募は7〜8名で、その中から選んでくださったと聞いています。それまで何年かIPO準備会社の支援をしていたのですが、上場するどころか上場に近いところまでも進まない会社が多かったのです。また、成功事例に携わった経験がない自分が指導をすることに不安や虚しさを感じていました。やるべきことを伝えられても、どのレベルまでやれば合格できるかを伝えることができなかったからです。証券会社の引受審査部は、まさに上場できるか否かを判断する部署です。そこで経験を積めば、自信をもって「ここまでやれば上場できます」と言えるようになるだろうなと。
また、IPOの最大手の野村證券という点も魅力に感じました。引受審査部での仕事は大きく分けて2つあります。1つはIPOと上場市場変更の審査です。これらは1年近い期間をかけて、じっくり会社全体の審査をします。もう1つはPOファイナンスといわれる上場企業の増資や社債の売出しなどについての審査です。こちらは2週間などの短期決戦です。どちらも数件を同時並行で担当します。2年間という短い期間でしたが、自分が担当した会社だけでなく、相当数のIPO審査の事例をみることができ非常に勉強になりました。かなり忙しかったのですが、期間が決まっていたこともあり、率先して出来るだけ多くの仕事を受けるようにしていました。
「IPO周りの何でも屋」IPOコンサルティング会社での経験
「2回目のキャリアチェンジで、監査法人を退所してIPOコンサルティングの会社ラルクに入社します。その理由を教えてください。」
証券会社から監査法人に戻って、1年で退職しています。恩もありますし、IPOについての力が磨かれた手応えもあり貢献できると考えていたので、しばらくは監査法人でIPO支援を行う予定でした。しかし、出向から戻る前くらいから監査法人の関与先でいくつかの会計不祥事が起きてしまい、IPO関連の仕事が一気になくなってしまったのです。そんな時にラルクの鈴木(博司)社長に出会います。ラルクは会計士、かつ、証券会社か証券取引所でIPO業務を経験している人しか採用しないという専門家集団でしたが、私もその条件に当てはまっていたこともあり、何度もお誘いをくださいました。当初は、「まだ監査法人でやることあるので」と断っていたのですが、鈴木さんに「IPOコンサルタントを始めるには若いほうがいいよ」と口説かれて、「確かに」と納得し転職することにしました。今、振り返ると、良いタイミングで転職できたと思います。
「IPOコンサルティング会社では、どういう業務を行いましたか。」
IPOコンサルの多くは、決算業務を支援する、開示書類を作成する、上場申請書類を作成する、内部監査をする、規程を作るなど、上場準備でやるべきことのうち特定の領域を支援している会社が多いようです。ラルクは、先ほどもお話ししましたがコンサルタントの質にこだわり、「IPOに向けては大概のことであれば解決の仕方を知っています」というスタンスでサポートしていました。IPOは、他がどんなにうまくいっていても、1つの項目で躓いていたら落とされるというトータルで判断される世界。ラルクは、上場できる可能性がそれなりにあるが、何かが引っかかって苦しんでいる急病人に緊急出動して対応するような仕事でした。なんとか審査に合格できるよう、足りないものを一緒に埋める職人です。
上場審査に向けての書類づくりや審査対応のサポートなどがメインですが、審査で問題になっていることについて経営者と議論することもあれば、管理系人材の採用なども。足りないパートへの対応を何でもやりました。管理系人材の採用に関しては、人材エージェントへの手配や求人票の作成、面接などもけっこうやりました。上場プロジェクトメンバーに退職者が出て、「良い人を採用してくださいね」とお願いしても、なかなかうまくいきません。それならば入り込んで採用までサポートしようと思い、やってみたらうまくいったのです。人材採用の難しさも理解できました。私は、手伝うことで、喜んでもらえる、成果が出ることであれば、辛い役回りでも引き受けるべきであると考えていました。
その一方で、支援先に対しては、ノウハウを全部差し上げて自立してもらうことを目標としていました。上場のための特有の作業であれば我々が行えばよいのですが、上場後も上場企業として続いていきますので、それ以外の会社としての機能は支援先自身に身につけてもらうというスタンスでした。こういった点もラルクの特徴かもしれませんね。 ラルクでの仕事は、監査法人での会計まわりの経験と証券会社でのIPO審査の経験を総動員して取り組むため難易度は高かったのですが、感謝していただけてやりがいを感じました。自身もこれが天職だと感じた瞬間がありましたし、妻からも「IPOコンサルの仕事が1番向いてるように見えてたよ」と言われたことがあります。