思いかげず営業担当に
「上場前に、営業部長兼総務人事部長も担当されるようになったのですよね。経緯を教えてください。」
当初は、売上が少なくてもバイオベンチャーとして上場できる前提で進めていましたが、証券会社から「ロボットはバイオベンチャーとは違うのではないか」という指摘が入り、きちんと売上を作らなければならない流れになりました。
当時は、大和ハウス工業が大株主で、総代理店として営業活動を担ってもらっていたのですが、なかなか売上が伸びていませんでした。そんな状況でしたので、投資家の方から「安永さん、口が上手いんだから、やるしかないよ」とかなり強く言われました(笑)。そこで経営管理部長兼総務人事部長兼第二営業部長、という形になりました。上場直前までは、本当に何でもやっていました。有価証券報告書を作りながら営業をして、さらに内部監査までやる。
自分でも思っていたのですが、上場審査の場でも「安永さんが最大のリスクです。自分で売上を作って、経費を使って、その内容を自分で監査するのは、ガバナンス上かなり危険です」と指摘されました。そのため、上場直前の審査対応として、当時の経理部長が管理部門を引き受け、私は営業に専念する形になりました。そこで営業本部長になったんです。
「長く携わってきた管理部門の仕事から、営業中心になることに不安はありませんでしたか。」
不安しかなかったですよ。片手間で営業をやっているうちは、「管理もやっているので」という言い訳もできるけど、専任になったら、結果を出さなければ全部自分の責任です。私は、営業を体系的に学んできたわけではないので、本当に手探りでした。でも、気づけばもう13年くらい営業をやっています。結果的に、CYBERDYNEでは営業としてのキャリアの方が長くなりましたね。
営業本部長になった時は、「まず1年間だけやってほしい。その間に、営業を組織的に動かせる人材を見つける」という話だったので、あくまでつなぎ役という条件で引き受けたんです。実際に、営業経験のある方も採用したのですが、新規事業なので、従来の営業の成功体験がほとんど通用しなかった。結果として、後任の人がなかなか定着せず、そのまま営業を続けてきた、という感じです。
「周りから見ると、まさに営業が天職のように見えます。」
そうですかね(笑)。
自分自身は、もともとコントローラーとして数字を追い続けてきた人間なので、「営業だけは絶対にやりたくない」と、本気で思っていました。
「バイタリティがあり、相手の気持ちを考えながら懐に入っていくのがすごく上手い。まさに“営業の塊”のように見えるのですが、ご自身ではそこまで感じていないのでしょうか。」
今となっては、管理も営業もどちらもできるかなとは思っています。ただ、やっぱり数字を追い続ける仕事は、かなりストレスがたまりますね。
CYBERDYNEのユニークな上場
「CYBERDYNEは、非常にユニークな形で上場されていますよね。」
上場時に大変だったことは、大きく2つあります。
1つは、複数議決権株式での上場です。
社長には、「大学発ベンチャーとして、日本の支援を受けながら育ってきた技術を、経営が苦しくなった時に海外資本へ渡したくない」という強い想いがありました。技術防衛へのこだわりは本当に強かったですね。「平和目的に限定して技術を使いたい」という考えもありました。私自身も、社長と一緒に資金調達を進める中で、そのこだわりをずっと近くで見てきました。
それまでの資金調達では、無議決権株式を活用して増資を行っていたのですが、上場となると話は別です。無議決権株式を使った上場自体も可能でしたが、発行割合に制約があります。そうなると、上場後の追加資金調達の自由度が小さくなってしまうという課題がありました。
そこで活用したのが、「複数議決権株式」の考え方です。これは、経営者が保有する株式に対して、一般株主より強い議決権を持たせる仕組みで、経営権を維持しながら資金調達をしやすくするものです。
CYBERDYNEの場合は、単純に株数を変えるのではなく、「単元株数」を工夫することで、経営者側の議決権を実質的に強める構造を採用することができました。
アメリカでは、Google などが複数議決権株式を活用していますが、日本ではCYBERDYNEだけだったと思います。
もう1つは、創業者である社長が大学教授だったことです。
通常、上場企業の代表者は専任であることが求められます。ただ、社長は「大学教授も続けたいし、経営もやりたい」という考えでした。大学発ベンチャーでは、教授が代表を退いて、技術顧問やCTO的な立場になるケースが多かったんです。でも、うちはそこにも強くこだわりました。
社長のすごいところは、「絶対に譲らない」こと。そのうえで、最後には突破する方法を見つけてしまう。そこは本当にすごいと思います。
そういう理由で、上場までに時間がかかりました。2014年に上場できた時には、すでに営業側へ移っていたので、実は上場の鐘は鳴らしていないんです(笑)。当時はまだ若く、「会社でもっと上に行きたい」という気持ちも強かったので、正直、複雑な思いもありました。
でも、今振り返ると、本当に貴重な経験をさせてもらったと思っています。

営業に役立った管理部門の経験
「その後は営業本部長として、新しい技術を世の中へ広げていく立場になられます。海外展開も含めて、どんな苦労がありましたか。また、管理部門で培った経験は役立ちましたか。」
ものすごく役立っています。海外展開と言っても、実際には自分一人で動く場面も多かったです。単なる営業というより、「事業計画そのもの」を作っている感覚に近いですね。
新規事業の場合は、「売る」だけでは成立しません。そもそも、何をどう広げていくのか、自分たちで決めていかなければなりません。特に海外では、その場で判断を求められる場面が本当に多い。そういう意味では、前職で、「決める立場」を経験していたことは非常に大きかったと思います。後から怒られるかもしれない。それでも、自分でリスクを取り、自分で意思決定し、その責任を負う。その覚悟がないと、海外で事業を作っていくのはなかなか難しいと感じています。
私は、経理や財務を経験しているので、数字を見ながら瞬時に判断できますし、相手を納得させる資料も自分で作れます。当時はまだAIもありませんから、ExcelやWordを使って、事業計画書も提案資料も、全部自分で作っていました。そういう時に、有価証券報告書や事業計画を作ってきた経験がすごく生きました。
取締役会資料も同じです。上場企業になると社外取締役も多くなりますから、「誰が見ても納得できる資料」を作り込まなければいけない。管理部門で培った論理性や構成力は、営業の場面でも非常に役立っています。
様々な資格を取得するメリット
「資格も役に立っていますか。長年いろいろな資格を勉強されてきていますが、新しいことに挑戦する時、「この資格があった方が有利だから勉強しよう」と考えるのでしょうか。」
資格はやはり役に立ちますね。USCPA、USCMAのみならず、宅建、知的財産管理技能士、衛生管理者、防火管理者など、本当にいろいろ取りました。何か一つだけできる人ではなく、幅広い知識を持ったうえで判断できる人材になりたい、という思いがずっとあったからです。
資格勉強の良さは、今の仕事と直接関係がなくても、体系立てて知識を学べることだと思っています。知識が整理された形で学べるので、頭の中を構造化しやすいんです。結果として、幅広い視点や知見を持てるようになる。それが大きな価値だと思っています。
「営業という立場でも、そうした幅広い知識が深みにつながっていそうですね。」
そうですね。今は、どうしても「数字」「収益」が優先される時代になってきていると思います。特に医療業界も、赤字の病院が増えていて、経営面の話が中心になることが多い。ただ、私が営業を始めた頃は、もっと「患者さんを治したい」とか、「この人から買いたい」という想いを持っている方が多かった気がします。だからこそ、相手に「この人は普通の営業じゃないな」と思ってもらうことをすごく意識していました。
実際、名刺にも工夫をしていました。「取締役営業本部長」という肩書の下に、ホームヘルパーや住環境福祉コーディネーターなど、福祉系の資格を並べていたんです。そして、最後に「米国公認会計士(USCPA)」を入れていました。すると、「なんだこれは?」と興味を持ってもらえるんですよね(笑)。
お医者さんは本当に忙しいので、まず「話を聞いてみよう」と思ってもらわなければ始まりません。異色な経歴や資格を持った人間が営業に来ると、それだけで印象に残る。だから、名刺にどの資格をどの順番で載せるかまで、かなり戦略的に考えていました。

