M&Aの基準は明確なシナジーが得られること
「就任中、M&Aを積極的に行いましたが、どのような基準で行っていたのでしょうか。また、印象深い案件があったらお聞かせください。」
1つ目の基準は、会社の事業戦略に基づいて誰が聞いてもわかる明確なシナジーがあることです。ヤフーは投資会社ではないので、M&Aは事業との結びつきがあって初めて果たせるものです。単に利益を加算するだけのM&Aでは割高になるので、シナジーが生まれることは必須でしょう。それも「両社の強みを持ち寄って新しい価値を創造する」といった曖昧なものではなく、「これ」と示せる明確なシナジーが存在すること。誰が聞いてもわかる「確かに、そうなれば業績が上がるよね」というシナジーがあれば、成功する確率は高まるはずです。
例えば、一休という高級旅館・ホテルのナンバーワン予約サイトの買収はこれに当たります。一休にヤフーのトラフィックを送客、つまり、ヤフーのトップページから一休に誘導すれば、どれくらい伸びるかが明確に予測できました。これは信じていいシナジーですよね。他にも、ワイジェイカードという企業も買収。これはプロモーションコストをかけた結果、現在ではPayPayカードとなっています。
2つ目は、その買収した事業を事業サイドがコミットして、PMIをきちんとやり切れることです。マネジメントサイドがシナジーの絵を描いたとしても、事業サイドが実際に実現していかなければ意味がありませんからね。
「コーポレートサイドと事業サイドが一緒になって買収した会社を統合していくのでしょうか。」
そうですね。コーポレートサイドにもPMI部門がありました。事業のシナジー自体は事業サイドが中心になった方がいい反面、そこまで頻繁にM&Aが発生するわけではないので、各事業部に知見を蓄積していくことは簡単ではありません。そのため、セキュリティやコンプライアンスなどの守りの部分をヤフーに合わせていくにはコーポレートサイドの力が必要でした。
「在任中の6年間で会社はどのくらい成長したのでしょうか。」
在籍当時で利益は1600億円くらいから2000億円くらいになりました。完全に満足しているわけではありませんが、大きな会社を成長させることはすごく大変だということを学びました。1億円の利益を2億円にするのとは全く異なるパワーが必要でした。
「採点をするとその6年間は100点満点のうち何点でしょうか。」
一生懸命やりました。42歳でヤフーのCFOになり、48歳で退任をしたのですが、今振り返ると、経験不足や若さがあったように思います。ちょっとした気負いであったり、感情が先行したり。会社にマイナスは与えていませんし、間違いもしませんでしたが、あれだけの体力がある会社なのだから、もっと大胆にリスクをとったり、長期的な成長に向けて投資をしたりすれば、より成長が加速したかもしれないと思うことはあります。
「激動の6年間に区切りをつけて退任します。その時はどんな思いだったのでしょうか。」
色々な見え方があると思いますが、真実を言えば自分の意志で退任しました。知らず知らずのうちに無理をしていたと感じ身体を壊してしまうと思ったのです。
CEOとCFOのよりよい関係性
「その後、グリーに転職されます。どのような経緯があったのですか。」
グリーの共同創業者にベンチャーキャピタルをしている山岸(広太郎)さんという方がいます。ヤフーからその山岸さんのベンチャーキャピタルに出資をしたことがご縁となりました。山岸さんから当時のグリーのCFOの方が退任するということをお聞きし、お声がけいただきました。
「グリーはどういう会社でしょうか。」
基本はインターネット事業をしています。手広くやっているのですが、有名なのはモバイルゲーム・アプリゲームの開発や運営です。最近はメタバースの領域で、アバターでコミュニケーションをとることができるスマートフォン向けメタバース「REALITY」というサービスに力を入れています。ほかにコマースやDXもしています。子会社で行っている投資事業も、業績へのインパクトが大きくなっています。
「現在まで5年間グリーで取締役CFOを務めています。失敗しない決断をするために、何を大切にしていますか。」
監査法人からSBIに転職したとき以外は、会社側からオファーをいただいてそれをお受けしてキャリアを重ねてきました。
オファーをお受けしているので、入社後に周りの人がサポーティブになってくれます。その助けは大きいと思います。
「この5年間、CFOとして力を注いできたことをお聞かせください。」
グリーは社長の田中(良和)さんが立ち上げたオーナー企業です。田中さん自身がもともとプロダクトを作るのが得意な人なので、私はそれに集中できる環境を作ることを心がけています。そういう意味では、それ以外のことをできるだけ引き受けることが求められる役割とも言えるかもしれません。
「ご自身の経験から、CEOとCFOの関係性はどうあるべきだと考えていますか。」
先ほどの話と重複しますが、CFO自身がマネジメントをして企業の成長に力点を置いていれば、CEOとCFOの方向性は一致すると思います。しかし、CFOが数字の面からロジカルな意見を伝える際には、CEOの強い意思と対立することも出てきます。そのような場合でも、私は空気を読まずに進言するよう心がけています。これは、実は結構難しいことです。普通ならば逆らえないですよね。でも、僕は空気を読まずに伝えるようにしています。そういう意味で組織と一定の距離を保って客観視できる立場であることも重要かもしれませんね。
また、田中さんが人の意見を聞く性格であることも僕が続けていられる理由ですね。
CFOの魅力と必要なマインド・スキル
「輝かしい実績の裏にはいろいろなご苦労もあったかと思います。その時の心の持ちようや考え方がありましたらご伝授ください。」
失敗ももちろんあります。クレオのCEOからヤフーのCFOになる時は、本当に時間がなかったんです。クレオのCEOに就任して2年目に差し掛かるタイミングだったので、後継者を育てていませんし、考えてすらいませんでした。1週間で後継者を選ばないとならなかったことで失敗しました。2~3年務めてもらいましたが、組織が立ち行かなくなってしまい、選び直しました。人事で失敗すると大変な目に遭うということを身にしみて理解しました。また、就任したらすぐに後継者を考えるということが大事なテーマだとも学びました。
もう1つは、イー・アクセス(現:ワイモバイル)をソフトバンクから買収しようとして、発表した2ヶ月後に撤回をしたということもありました。現在、楽天がやっていることと同じで、格安のスマホプランを出そうとしていたのですが、さまざまな状況を勘案すると現実的ではなく、撤回することにしたのです。その判断自体は正解で、決めたことは間違いではなかったのですが、発表した後に撤回するのは格好悪いですよね。
「CFOの役割を全うするために必要なスキルやマインドは何だと思いますか。」
一番重要なのは、経営者として会社を成長させていくという強い意志、マインドを持つことだと思います。あとは、正義感、インテグリティーですね。
スキルとしては、CFOなので状況を可視化して客観的にロジカルに物事を語れる力です。また、最後までやり抜く力も必要だと思います。特に、コーポレート部門は「頑張ったけれどできませんでした」と言えない仕事が多い。事業だと失敗して何も残らなくてもまだ許されるところもありますが、コーポレートはそうではありません。評価がされない割に、失敗すると怒られる仕事なので、やり抜く力は大切です。
「CFO職の魅力を教えてください。」
会社を動かしていく立場にあるので、そのダイナミズムを経験できることでしょうか。あとは、競争が多いか少ないかはわかりませんが、携わっている人数が事業系よりは多くないとは思います。
また、財務などのバックグラウンドの裏付けも必要ですし、どの企業でも同じような業務になるので、手堅い仕事だと思います。そういう意味でもおすすめです。
「会計士でCFOを目指す人にアドバイスはありますか。」
CFOになるには、実際に深い会計知識はあった方がいいですし、会計士試験の勉強と監査で培った会計知識はものすごく強い武器になると思います。そこに会社を動かしていこうという意志が加われば、武器としては十分です。あとは、経験を重ねていくことが重要でしょう。興味があるのであれば、どんどんチャレンジするといいですよ。
「最後に、これからのやりたいことや夢がありましたらお聞かせください。」
CFOの役割は、どこかで終わりがきます。僕自身は、得難い経験をいろいろとさせていただきました。その経験の恩返しとして、次世代のCFOを育てるなど、何かしら貢献できるといいなと思っています。